ブエノスアイレス午前零時

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<<   作成日時 : 2014/03/16 13:45   >>

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卒園式のあとに行われた懇親会も盛り上がったようで、

幹事の一人であるウチも満足である。


今朝は7時に妻と豚児を高槻駅へ送る。

今日から二泊三日でネズミーランドへ旅に出るのである。


僕と豚二は留守番。


そのまま隣町をドライヴ、職場へゴー。

今日は日曜だが取引先がウチの会社で展示会をするので

その視察である。


ついでに年度末でもあるしデスク周りの片付けをした。


もう少し片付けたかったが豚二が騒ぐので帰途へ。

マクドナルドに寄って昼食をゲット、

いまは豚二は昼寝中である。



新年度が間近に迫り、

僕もどこか遠くに転勤させられるのではないかと

不安である。


先日車屋さんで読んだ新聞の一コマが思い出される。


よくある人生相談コーナーでクライアントはどこかの年配の婦人、

答えるのは精神科医の人か何かだったと思う。


この婦人の悩みを一言で言うと

「いつ地震が来るか分からへんし不安でしゃあない」

ということであり、夫なども「ほんなん大丈夫やで」と宥めるが

信用できない。らしい。


僕もその悩みに「考えすぎやろ」と共感を覚えなかったが

精神科医の人は

「君の不安は至極真っ当なものだし、不安に思わない周囲がむしろヘン」と

回答。


確かにそうだ。こないだも夜中にぐらぐら揺れたし、

確率の問題ではあるが僕だって地震の脅威から無縁であるはずがない。


精神科医の人はこうも続けた。

「ただし、君の不安が意味をもつのは、やることをやってから。
 地震が来るんだったら非常用持ち出し袋を用意するとか、食料を備蓄するとか、
 すぐ逃げられるように枕元に靴を置いとくとか、
 やれることは全部やったなら(たぶんやってないでしょ)、
 そうしたら、君の不安には、意味がある。」


いわゆる「人事を尽くして天命を待つ」境地である。


僕もいろんなことに不安が絶えないが、

この精神科医の言葉を借りればどれも「無意味な不安」である。

だから不安を意味のあるものにするには人事を尽くさねばならない。

3月ももう後半である。









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