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<<   作成日時 : 2013/04/05 05:25   >>

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仕方がないのかもしれないけれど、

高校野球で連投するのは、

「本人の勝手」だから他人が容喙すべきでない。と

いう意見は多く見られる。

スポーツに打ち込みたいのはあくまで本人の意志なのだから、

それを尊重すべきだ。というものである。



一見支持したくなるような意見だが、

僕は以下、二点においてやはり賛成しかねる。


まず、個人の行動を国家なり社会なりがどこまで制限して良いか。

という問題で、

例えば日本では麻薬はダメだけれどもタバコは条件付きでOK。

みたいな線引きがある。

「本人の勝手」論は、

麻薬を吸うのも本人の勝手。みたいな極論すら論じ得るのであって、

勝手を認めるならどこまで勝手してもよいか。という議論を精緻に

重ねるべきではないだろうか。

肺がんリスクは許容しても廃人になるのはダメ。みたいに。


僕はやっぱり、投手が残りの生涯、投手でなくなる。というのは

本人には相当なダメージがあるだろうし、

イチ野球ファンとしては許容しかねる。


そして二点目は、

その選択が本当に「本人の勝手」なのか。という問題である。

そもそも高校野球の、甲子園まで勝ち上がってきて、

肩がそろそろマジヤバい。でも

あと二つ勝てば優勝。みたいなある種極限の状況の中で、

全くの個人的、内的な動機に基づく自由な意志決定が

可能なのだろうか?

本人の意思はともかく、

チームとしての勝利への執念、周囲からの期待、

外的ないろんなものを背負って投げているわけで、

それらの影響なしに登板するかしないかなんて個人が

決定できるわけがない。と思う。


つまるところ、

「本人の勝手」論は「自己責任」論なのであって、

実際には当人はいろんな外的なしがらみの中で判断しているにも拘わらず、

結果責任を全て当人に押しつける。ということなのである。


同じような議論は

「ニート」に対する「自己責任」論でもよく見られる。


前回も述べたように、僕だって

全くの自由意志で残業とか早出とかをしている訳ではない。

なのに

「残業も早出も勝手にやっていること」と責任転嫁されては

納得できないというものである。





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