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<<   作成日時 : 2013/03/23 13:11   >>

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「国民の生活が第一」という名前の政党が

かつてあって(今もあるのだろうか?)、

支持するしないはともかく

ネーミングに一石を投じた党であることは評価できる。

政党の命名には「○○党」や「新党○○」のように

必ず「党」を含める。というルールがこれで崩れたからである。


加えて、抽象的な理念・概念を冠する政党が多い中にあって

えらく具体的というか、身も蓋もなく現実主義にシフトした命名なのも

異彩を放っている。


・・・という過去の政党を思い出したのは、

最近の僕とかが結局「生活が第一」な生活を送っているからで

こないだ。

妻がまた工場を転勤することになって

その先は出荷量も少なく次の閉鎖対象と目されているような

場末の工場。

今いるところもそれほど出荷高はなく、

あまり重要でない工場ではある。


無論出荷量の多いとこほど重要なセクションであり、忙しいのであって

今回の転勤はその逆、つまり楽なとこに行けるわけで

生活的には良い。なので僕も喜んでいる。


しかしながら生活以外の点について考えてみると、

出荷量が多かったり新規ラインを増設したような重要な工場には

優秀と目されるスタッフが配置されるのであり、

妻はつまりそうでないということである。


生活はもちろん重要だが、

そこには高邁な理想とか、崇高な精神とかはあまり

含意されないのであって、

できれば楽な(=重要でない)支店に転勤したいと思っている

僕とかも上記の理想とかとは無縁な生活を送っているのである。


それで良いのだろうか。というのが

ここ最近の疑問で、

豚児豚二の世話に忙しくて尚且つ貧乏。といった生活に追われて

高邁な理想や崇高な精神はどこに行ってしまったのだろう。という

問題である。

高邁な理想を単純に言い換えれば

「夢」だ。

別に、大臣になりたい。とかでなく

ネズミーランドに行きたい。といった中長期的な目標でも

良いと思うけれども、

日々の生活に何か希望を付加する夢みたいなのが

欲しいなあ。と思った。


で、それを家族に与えるのが僕の役割なんだけれども

僕自身がこの体たらくなので困ったものだ。


・・・というのを、昨日同僚が結婚(それも同じ職場の人と)するという

めでたい発表に触れて、考えたことである。

今現在夢に溢れている同僚夫婦の傍ら、僕とかは

未だに生活に汲々としている段階であって早くそこ(底)から

抜け出したい一心である。


午前は豚児は歯医者さんへ。

僕は豚二をマクドナルドに連れて行った。洗濯機はまだおかしい。















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